仏の慈悲を知れ

神も 仏も 同じと思う者がある

何故 同じと思うかは
彼らの中に 
たどり着けぬもの
あるいは
成し遂げられぬことありて
神の力を借り 仏の力を借りんと願う

ならば 何故 
仏を学び 神を学ばぬ

そこに都合の良い 選別があり
我が願いのみを告げる

人がなぜ 生まれくるか

己れの魂の 魂磨き
やがて 神の如き 御霊に至るため

されば 

学ばん 神の心
学び行かん 仏の心

そこに 至ろうとする心
まず一歩 進めやれ

学ぶは心 心じゃぞ

2026/1/1 朝 仏前

【追記】
昨年末から、今年にかけて、頂く言葉はどんどん厳しくなっています。朝の神前からのお言葉と伝えたいことは同じ。
スピリチュアルや精神世界に興味を持つ方が増える中、この中における2極化が進んでいます。どうしても、能力の覚醒に意識が行き過ぎて、一番大切なことを忘れている。『神の如き力欲しくば、神の如き心を持て』ということ。また、神々と仏はどう違うのか。これは宗教観の違いだけではなく、喜怒哀楽の感情をどこまで律することができるのかという悟りのレベルも違っています。
宗教家を目指すのではなくとも、魂磨きとして『神の如き』存在を目指すならば、ご神仏の心の有り様をまず学び、そこに自分の心が向かうような努力が先ではないかと言われます。それは、日頃の心の有り様。自分自身の目的・目標が、大我なのか小我なのか。
あなたが、神なら、仏なら、宇宙の調和のもと、どんな選択や思考をするのか、振り返りを大切にしたいものです。

御仏の天命が 全うされますように
神々の天命が 全うされますように
宇宙の天命が 全うされますように
地球の天命が 全うされますように
日本の天命が 全うされますように
人々の天命が 全うされますように
我々の天命が 全うされますように

本日もお読みいただき ありがとうございます

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