己れの魂を 失うことなかれ
人の世は 何のために 存在する
己れの生きる世界は なぜ ここに存在する?
生物学的に あるいは この現実的に
ここに生きるという事実があり
そして ここに豊かな生活があり
これを求め みな働く
この 何かを求め 働く根底に
まことの愛を 学ぶため
己れの魂磨きの 学びがある
そう思うて 働く者と
そうでない者に
同じ未来は 作りだせぬ
我々は 何のために生き
何のために 学ぶのか?
本質は みな魂の成長のためにある
目先の事柄に 振り回され
本質を 忘るること なかれ
己れの未来を 失うことなかれ
己れの学び場を 失うことなかれ
己れの魂を 失うことなかれ
【追記】
世界中で、争いごとや自然災害など、さまざまなことが起こり、国内では国民を無視したような法案がどんどん制定され、今生きているこの世界は、いったい何なんだろうと思う人も増えてきているように思います。この目の前の世界、この地球、この宇宙は何のために存在するのかといえば、魂の成長を目的とした学びの世界であり、私たちが生きて経験することは全てに意味があります。
身近な人との関わり、家族や仕事仲間、お客様、全てに良縁であろうが、カルマ解消の関係であろうが、同じ時代を生きることに意味のある人と出会って、無意識であっても、それぞれの目的を達成するために生きてます。
私たちは、生まれながらに平等ではありません。私たちが学びの目的を決め、学びに最適な両親や血族を選び、その環境を選んで生まれてくるのだから。でも、その人生を選ぶという自由は公平に与えられたからこそ、ひとりひとりの人生が違います。ここに誰かを羨ましいと思ったり、ねたんだり、競おうとすることは全く意味がない。むしろ、執着や生霊を飛ばすだけの、新たなカルマを作り出しています。
『嫉(そね)み 妬(ねた)みは 見苦しい』
私もかつて戒められた過去がありました。ある高貴な御霊が、他の誰かを選んだ時、それがとても悔しくて、言い訳や相手を貶める言葉を並べて、自分の心の悔しさを埋めようとしてました。その時の自分は、自分の枠の中でしか物事を考えることができず、その器になり切れていなかったから、その御霊は私のもとを一旦離れて時間稼ぎをして下さったのだと、ずいぶん後で気付きました。ご神仏は、個人的な目的でその力を使おうとする者は望みません。そこに宿るのは低級霊。自分自身の心の在り方を整え、自分の作ったシナリオにどんな苦しい場面や状況が起こっても、これが最高の学びであると、その幸福を感謝することができるようになると、この時代を選んで生まれてきたライトワーカーの本来の仕事に辿りつけるように思います。
どうぞ『覚醒せよ』という言葉に踊らされませんように。
元気に動く身体があって、朝、心地よく目覚めることができ、大好きな家族やペットの笑顔が見られ、食べる物があって、今日することがある。これが、どんなに幸福なことか。損得や駆け引きなく、嘘偽りなく心の底から素直に『ありがとう』と言えるようになることが、覚醒の道の第一歩です。