2017/11/16 朝 神前

【御言葉】

我が思ひに 打ちひしがれて
今や己れの思ひ 遂げられぬと思ひて
前に進むを 諦むるより
我が心根に生き続ける
我が源の想ひを しかと思ひて
綺麗に息づく光の源(もと)に 気付きたれ。

心の闇は
みな この世に生きるもの 全て持ちやるもの。
闇に至ればこそ この光のあるに気付けるというもの。
輝きのあるを知るは 明るき所にあらず。
これに至るがための時を得たと 思ひやれ。

我らは みな一様にして
これ(神の望むもの)満たしたる者は
なきことを 痛み知りたれば
我が心痛め 恩の帰しこと成せぬと思ひたる心
我が務めと思ひたること 悲しく思わず
彼らとともに ひとつづつ
我が事 諫め 必ず乗り越えんとすることに
意を見出すことで 良いと思え。

すべて これに勤しみて
良き働きいたしおること 決して忘るることなかれ。

【妙心のひとこと】———————————————————

神仏にお仕えする仕事のひとつに、朝夕のお勤めがあります。
丁寧にお勤めをするならば、
朝夕それぞれ約2時間のお勤めですが、
職業としての仕事もあるため、
朝はそれなりに慌ただしくなります。

この数日の寒さと年齢もあって、体調が悪く、
朝のお勤めをすることができませんでした。
しっかりお勤めをさせて頂ける生活環境にありながらも、
これを実践することのできない情けなさ、
歯がゆさがいつも残っています。

そんな中で、優しいお言葉がけを下さいます。
いつも、こんな風に怒られる訳でなく、
甘やかされ過ぎではなかろうかと思うような、
優しい語りかけを下さいます。

私たち生きている者すべて、
日々、満たされて穏やかな心持ちで過ごせることを
望むものの、時に不調であったり、また腹を立てたり、
様々な状況の中に身を置いています。

単調な日々であればあるほど、
満たされた環境にあればあるほど、
自分がどれだけ、恵まれた状況にいるのか
気付かずに過ごし、ほんの些細なことに、
不平不満を覚えてしまうものです。

闇に至ればこそ この光のあるに気付けるというもの。
 輝きのあるを知るは 明るき所にあらず。

確かに、明るい場所に居れば、
光が差し込んでいても気付けません。
真っ暗な闇の中でこそ、小さな光であっても、
これが救いとなります。
これに気付くために、あえて闇を得たのだと思いなさいと。

優しいお言葉での救いの光を頂きました。