御先祖様へ 日々の祈り

こちらにおいで下さいました お釈迦様 
左右においでの仏様方

おかげさまで 日々 恵みと御加護を頂き 
生かさせ頂き ありがとうございます

〇〇家の御先祖様を 護り導き下さり
ありがとうございます

本日も どうぞよろしくお願いいたします

〇〇家の御先祖様
(お位牌の)お父さん お兄さん 
過去帳の御先祖様

御先祖様方が 積み上げてこられた 尊い御徳と今もなお 日々 恵みと御加護を頂き
生かさせて頂き ありがとうございます

御先祖様方も さらにさらに 
良きところへと 上がって参られますよう
御先祖様の天命が 全うされますように

ありがとうございます。

—————————————————

これは、お仏壇で毎朝させて頂く、ご挨拶のような祈りです。もともとは、朝晩の読経の最後に お伝えしていた言葉です。

いつの頃からか、お経を上げるのをやめました。

お経を上げるのは、瞑想と同じようにだんだん無になっていけるので気持ちいいのですが

目的はなに? 誰のために? 何のために?

お経本の流れに沿って上げると、最後にはお願いの言葉が必ずあるが、御供養の要素は少ない。
施餓鬼や御供養のための読経や作法は、本山に行って必要な修行を授けていただかなければ、できないものもたくさんある。

何かマニュアルどおりの一遍通りの読経をすることは、とても中途半端で、行者になりたい自分の自己満足?

得度をさせて頂いたこともあるので、お声明や陀羅尼を読むことも好きですが、還俗してからは ハイヤーセルフが読経されるとき以外やめました。

お仏壇におられる亡き義父(夫の父)は、夫が13歳の頃に心筋梗塞で亡くなったそうです。
結婚式した年は、義父の17回忌の年で、後で知ったことでしたが、納骨もされずお寺にお骨を預けたままでした。

故人に対する価値観が違ったり、発達障がいの子ども達に悩む私に『すべてあなたのせい』と言われる義母や親戚に心折れそうになったとき、一度もお逢いしたことのない亡き義父は、仏壇の前で私に時々『いろいろとごめんね。分かってないから許してね。』と語り掛けてくれました。

この言葉を聞くと、この亡き義父に嫁として受け入れてもらえてることが有難くて、また頑張ろうと思えました。

当然、血縁である私の亡き父母や古い御先祖様方も、宗派は違っても同様に毎日ご挨拶をさせてもらっています。

御先祖様の魂は、生前や過去世でたくさんの学びを修めさらに多くの徳を積まれていて、この方々をご供養させて頂くことでさらに浄化され、かわいい子孫の役に立ちたいと思って下さる方々がたくさんいらっしゃいます。
御先祖様は、私たちライトワーカーにとって、ハイヤーセルフや天界の神々様との間で通訳のような役割をして下さるとても大切な存在です。
だから御先祖様のご供養もとても大事。

確かに、永年修行を積まれた立派なお坊様の読経による御供養も、とても有難いことですが、日々の御供養を他人任せにせず、自分ごととして心を寄せることを、御先祖様は一番喜ばれるのではないかなと思うところです。

地球の天命が全うされますように。
日本の天命が全うされますように。
神々様の天命が全うされますように。
御先祖様方の天命が全うされますように。
皆さまの天命が全うされますように。

今日もお読みいただき ありがとうございます。