深夜の読経

今朝、今年90歳になる父が起きてきて尋ねました。

『夜中の3時頃、お経をあげてたの?』

父の部屋は、仏様と仏壇のある仏間の廊下を挟んだ反対側。
夜中にかなり大きな声でお経が上がっているのが聞こえたらしいのです。

ときどき、たどたどしい観音経を一生懸命あげている夢を見たことがありますが、昨夜も、ぐっすり熟睡して夢すら見なかった私は全く身に覚えがありません。

『今日は、聖観音様のご縁日だから、観音経をあげてるんだと思ってた』とのこと。

不思議なことが起こるのは日常茶飯事で、我が家ではあまり驚きませんが・・・・こんな事は初めてです。
昨日は、口永良部島の火山が噴火したとニュースが出ていましたので、ご先祖様のどなたかが、観音様に自然災害を鎮めて頂くよう、お願いをして下さっていたのでしょうか?

今朝のYahooニュースには、「宗派超え心のケア、重機で家解体…大災害寄り添う宗教者」というタイトルで、「大災害は宗教者を突き動かす。」と記事が出ておりました。復興に向けて、人的な支援を懸命にされている宗教家がたくさんおられます。
私など、宗教家でもなく神仏の大好きなおばちゃんにしか過ぎませんが、やはりここにこうして書かせて頂くように、突き動かされています。

ここ数日『神の怒り 鎮まらぬ』という言葉に関心をもって下さる方々が増えたようです。それは、信仰心の有無などを超えて、心の奥に神仏や自然への敬いと懺悔のお心をお持ちの方々がまだまだたくさんいらっしゃることの証しだと思いました。

昨年も多くの自然災害と復興の大変さを、私たちは見せられてきました。お正月の熊本の地震に始まり、今年もすでに何度も自然の力の大きさを見せつけられてきています。顔に出されなくとも、不安と自分たちの行き過ぎを感じている方は少なくないと思うのです。

私は家の神棚と仏様に、『今日もこの国をお守り頂き、この国の人々と共に生かさせて頂きありがとうございます。明日もどうぞお守りください。』と手を合わせています。
ひとりひとりの自然に対するお詫びと感謝の心=『祈り』のエネルギーが多く集まれば、これから起こるかもしれない自然災害も少なくなるかもしれません。

深夜に、お経を上げて下さった方は、陰ながら私たちのために『祈り』を捧げて下さったように思います。
まず私たちにできること=『祈り』をひとりでも多くの方が日々のお心の中で捧げて下さったらと思うところです。